小説家の蒼井 遥(あおい はるか)です。
最後の一輪が落ちた鉢の前で、しばらく動けなくなったことはありませんか。
私は何度もあります。
花が終わった胡蝶蘭には、切り戻して二度咲きをねらう道と、花茎を落として株を休ませる道の二つがあります。
そしてこの選択は、好みで決めるものではありません。
その鉢が今どれだけの体力を残しているかで、選ぶべき道は決まります。
この記事では、葉と根から株の状態を読む方法と、切り戻しの手順をお伝えします。
花が終わっても、株はまだ生きています
落ちるのは花、終わるのは花茎
胡蝶蘭の花が一輪ずつ落ちていく光景は、正直なところ少し寂しいものです。
けれど終わっているのは花と花茎であって、株そのものではありません。
葉と根が健在なら、その鉢はまだ次の季節を待っている途中です。
私が最初にこの花を枯らしたのは、花が落ちた鉢を「もう終わったもの」として部屋の隅に押しやってしまったからでした。
水も光も忘れられた鉢は、静かに力を失っていきました。
花の盛りが去ってからの数か月こそ、株が体力を戻すための時間です。
切るか切らないかで、その先が変わります
花が終わった花茎をどう扱うかで、鉢のたどる道は分かれます。
根元から2〜3節を残して切れば、残った節から新しい芽が伸び、うまくいけば2〜3か月後にもう一度花が咲きます。
いっぽう、花茎を根元から切り落とせば、株は花を作るためのエネルギーを使わずに済み、葉と根を育てることに専念できます。
どちらが正しいという話ではありません。
その鉢が今どれだけの体力を持っているかで、選ぶべき道が変わります。
二度咲きに挑むか、株を休ませるか
葉の枚数と厚みを数える
判断のいちばんわかりやすい手がかりは、葉です。
JAあいち知多の園芸情報サイト「アグリス」では、コチョウランの管理方法として、1年に2回咲かせるのは株への負担が大きく、25cmほどの葉が6枚以上ある成株以外は行わないほうが無難だと説明されています。
これは私が知るかぎり、二度咲きの可否について最もはっきりと線を引いている基準です。
葉の枚数だけでなく、手ざわりも確かめてみてください。
厚みがあって指で押すと弾き返してくるような葉なら、株に蓄えがあります。
薄くてしなびていたり、下を向いて垂れていたりする葉が目立つなら、その鉢は花を咲かせるより回復を必要としています。
根の色で体力をはかる
鉢の縁からのぞく根も、株の状態を教えてくれます。
健康な根は、乾いているときは銀白色、水を吸うと緑がかった色に変わります。
指で触れてみて、ハリのある太さを保っているなら合格です。
茶色く変色していたり、押すとスカスカとつぶれたりする根が多いなら、根が傷んでいます。
その状態で二度咲きに挑ませるのは、体調を崩している人にフルマラソンを走らせるようなものです。
判断の目安
私が鉢の前で確かめている項目を、表にまとめました。
| 見るところ | 二度咲きに挑める状態 | 休ませたほうがよい状態 |
|---|---|---|
| 葉の枚数 | 6枚以上 | 4枚以下 |
| 葉の厚み | 厚く張りがあり、上を向いている | 薄く、しなびて垂れている |
| 根の様子 | 銀白色〜緑色で太い | 茶色く変色、または細くスカスカ |
| 置き場所の気温 | 18〜25℃を保てる | 15℃を下回る日がある |
| 植え替えの予定 | 当分ない | 今年中に予定している |
右の列に一つでも強く当てはまるものがあれば、私は迷わず休ませる側を選びます。
無理に咲かせた花はたしかに嬉しいのですが、その代償が翌年に回ってくるからです。
園芸情報サイト「ヤサシイエンゲイ」のファレノプシスの育て方でも、2番花を咲かせると生長のスタートが遅れ、翌年に花が咲かなくなることがあると注意が促されています。
二度咲きをねらう切り戻しの手順
切る位置は根元から2〜3節を残して
株に力があると判断できたら、いよいよ切り戻しです。
花茎をよく見ると、竹のような節がいくつも並んでいます。
この節のひとつから、新しい花芽が伸びてきます。
NHK出版「みんなの趣味の園芸」のコチョウランの育て方によると、下から2〜3節を残して切ると、残った節からまた花芽が伸びてくるとされています。
ハイポネックスジャパンの園芸サイト「Plantia」では、根元から数えて3〜4節目の少し上(約1cm)で切る方法が紹介されています。
数え方に幅がありますが、要するに根元寄りの節をいくつか残すという考え方は共通しています。
私は下から3節目の1cmほど上を、斜めに切るようにしています。
斜めにするのは切り口に水がたまらないようにするためです。
花が残っているうちに切るという考え方
意外に思われるかもしれませんが、切り戻しは花が全部落ちるのを待たなくてかまいません。
蕾の半分ほどが咲き終わったころ、まだ数輪が咲いている段階で切ってしまう方法があります。
花茎は花を咲かせ続けるあいだ、株の力を使い続けます。
早めに切れば、その分のエネルギーを次の花芽に回せるという理屈です。
咲いている花を切るのは、はじめのうちはためらいます。
私も最初の年は決心がつかず、最後の一輪が落ちるまで眺めていました。
切り落とした花茎を花瓶に挿しておけば、しばらくは残った花を楽しめます。
道具は清潔に、支柱は外す
切り戻しの前に、手を動かす順番を整理しておきます。
- ハサミやカッターは、火であぶるか消毒用アルコールで拭いて清潔にする
- 花茎を支えていた支柱とクリップを外す
- 残す節を下から数えて確認する
- 節の1〜2cm上を、斜めに切る
- 切ったあとの株を、風の当たらない明るい場所に戻す
支柱を外すのは、新しく伸びてくる芽の邪魔になるからです。
飾っているあいだは支柱があったほうが姿が整いますが、二度咲きをねらうなら外しておくほうが芽が自由に伸びられます。
刃物を清潔にするのは、切り口から雑菌が入るのを防ぐためです。
同じハサミで何鉢も続けて切ると、病気を株から株へ運んでしまう可能性があります。
切ったあとの2〜3か月をどう過ごすか
18〜25℃を保てるかが分かれ道
切り戻しの成否を決めるのは、切り方よりもむしろ切ったあとの温度です。
Plantiaの解説では、切ったあとは18〜25℃のあたたかい場所で管理を続け、順調に脇芽が育てば2〜3か月ほどで再び開花すると説明されています。
裏を返せば、その温度を保てない環境では、どれだけ正確に節を数えて切っても芽は動きません。
冬に花が終わった鉢を切り戻す場合は、特に夜間の気温に気をつけてください。
日中は暖房が効いていても、深夜の窓際は10℃近くまで下がることがあります。
私の家は鎌倉の古い一軒家で、冬の朝はとても冷えます。
だから冬に花が終わった鉢は、その場では切らずに春を待つことにしています。
水やりと肥料は控えめに
花が終わったあとの株は、花を咲かせていたころほど水を吸いません。
植え込み材の中まで乾いたことを指で確かめてから与えるという基本は、この時期もそのままです。
肥料については、切り戻した直後よりも、新しい芽が動きはじめてからのほうが効果的です。
春から秋にかけて、規定より薄めた液体肥料を週に1回ほど与える程度で足ります。
弱った株に濃い肥料を与えるのは、食欲のない人に大盛りの食事を出すようなもので、かえって根を傷めます。
脇芽が出てこないとき
切って1か月、2か月と待っても、節が沈黙したままということはよくあります。
そこで慌てて追加で切ったり、肥料を増やしたりする必要はありません。
芽が動かない原因は、たいてい次のどれかです。
- 気温が足りていない
- 株の体力がもともと足りなかった
- 光が弱すぎる
3か月ほど待っても変化がなければ、その鉢は二度咲きの体力を持っていなかったということです。
残した花茎は根元から切り、株を育てる方向に切り替えてください。
花が咲かなくても、葉が増えていれば来年につながります。
株を休ませると決めたら
花茎は根元から切ります
二度咲きを見送ると決めたときの手当ては単純です。
花茎を根元から切り落とし、あとは葉と根の世話に専念します。
根元からといっても、株にぴったりの位置ではなく、2cmほど残して切ると切り口が乾きやすく安心です。
このとき鉢の中で花茎の切り株が残りますが、そのうち自然に枯れていくので気にしなくてかまいません。
「せっかく伸びた花茎を切るのはもったいない」という気持ちは、私にもよくわかります。
ただ、花を諦めた年の翌春に、前の年より立派な花茎が伸びてきたときの嬉しさは格別です。
5〜6月の植え替えにつなげる
花茎を切って株を休ませるなら、そのまま植え替えに進むのが自然な流れです。
Plantiaでは植え替えの適期を4〜6月とし、花後の剪定・切り戻しが終わってから作業を始めるようすすめています。
アグリスでは、最低気温が15℃以上になる5〜7月を植え替え時期としています。
胡蝶蘭の植え込み材は数年で古くなり、水はけが悪くなります。
2年に1回を目安に新しい水苔やバークに替えてあげると、根が呼吸しやすくなります。
植え替えの実際の手順については、胡蝶蘭の植え替え体験記で私自身の作業の様子を書きました。
まとめ
花が終わった胡蝶蘭の前で立ち止まったとき、確かめてほしいのは葉と根です。
25cmほどの葉が6枚以上あり、根が銀白色から緑色でしっかりしていて、18〜25℃を保てる場所があるなら、下から2〜3節を残して切り戻してみてください。
2〜3か月後に、初回より少し小ぶりな花が咲きます。
葉が少なかったり根が傷んでいたりするなら、花茎を根元から切って、春の植え替えに向けて株を休ませるほうが賢明です。
私はこの数年、咲かせることより休ませることのほうが多くなりました。
そのほうが、結果として長く付き合えると感じているからです。
花が落ちた鉢は、終わった鉢ではありません。
次の季節に向けて、静かに準備を始めているところです。
